海辺をきれいに清掃活動

お知らせ

宮城県では、NPO法人うみとそらさんが、定期的にビーチクリーン(海岸清掃)活動を定期的に行っています。
えらい!パチパチパチ👏👏👏👍

最近の活動予定を調べると…2025年4月~12月まで月1回のペースでビーチクリーン活動をやっているそうです。

七ヶ浜町 表浜海浜(かいひん)清掃活動記

株式会社青葉の取り組みとして、毎週七ヶ浜の海岸のごみ清掃に取り組んでいます。
写真右がAoba.の社長です。

株式会社青葉の取り組みとして、雨や雪の無い毎週日曜日にはふる里の七ヶ浜町花渕浜の表浜の海浜清掃のごみ清掃に取り組んでいます。

始まりは、遠藤喜二(えんどうよしじ)さんとの出会いからです。遠藤善二(えんどうよしじ)さんは、七ヶ浜の町会議員をされています。

遠藤さんは20数年前の50歳の時に、赤信号で最後尾に停止中に脇見運転の車に100kmに近い猛スピードで追突され人命にかかわる大怪我をされまた。本人意識不明の入院5日めに医師団から良くて車椅子、悪ければ植物人間状態です」と告げられた時には、家族は絶望感で泣いたそうです。本人は運良く10日目に目覚めたそうですが、『三途の川の手前から戻された』と言っていました。目覚めた時は左半身麻痺状態と首には固定材で本人は夜、男泣きをしたとの事でした。持っていても死ぬまで分からない方もいるという、国指定難病の『後縦靭帯骨化症』もMRI検査で分かり医師団の宣告で家族の思いは非常に暗いものだったとの事でした。

遠藤さんは当時やっていた我流の呼吸法で入院から20日目あたりから注射針の痒みと痛みを感じるようになり半年入院予想が2ヶ月半で退院し、病院でのリハビリ生活は3年半続いたそうです。九死に一生を得て生還された身体、今もけがの後遺症があるとのことです。

急死の一生から救われた命、病院でのリハビリ以外で自分でできる事を考えた時にこうして生き返ったのは、何か意味があることだと感じ、足腰の鍛錬と社会のお役に立つ何かをしたいと、子供のころに遊んだ地元の表浜海岸清掃をはじめられたのです。

始めは杖をついて、当時4歳の娘さんに付き添いをして貰いながらのゴミ集めから始めたそうです。
遠藤さんとの出会いはある会合でのご縁でした。

私より11歳年下で 同じ七ヶ浜町生まれ、小学校、高校、大学の後輩にあたります。ご縁を感じるとともに、頂いた命を世の中のお役に立つことに使おうという思いに感動しました。

町会議員になられたのは12年前ですが、清掃活動は22年前から継続されています。
毎週日曜日9時頃~4時頃までですので、かなりの重労働です。

私は1年前から遠藤さんの生き方や理念に共感して、一緒に活動させてもらっています。と同時に、『自分医学』の啓蒙の一環の『生命管理』の実践としての自己管理として、太陽エネルギーの恵みの享受と自身の体力アップ、自然環境保持を兼ねての表浜の海浜清掃をご一緒させていただいております。

ゴミを集めて終わりではなく、東日本大震災後にできた8メートルもの落差のある防潮堤のスロープを一輪車に重いゴミ袋や集めた流木などを積み込み何度か数回の繰り返しを

すると80歳過ぎの身体には、かなり堪えるものがあります。

近年においては、SNSのXとLINEでの活動状況を知り遠藤さんに共感して、時折りですが県の内外からボランティアの方々の参加者も増えてきたようです。

タイトルとURLをコピーしました